お侍様 小劇場

    “隣りの芝生は…?” (お侍 番外編 64)

 


そろそろ朝晩はエアコンを使わずとも涼しい風の吹く頃合いになった。
それどころかうっかりしていると風邪を拾いかねないほどの、
肌寒い雨の日もあったりしたほどで。
晩夏というよりもはや初秋と、
言ってふさわしいんじゃなかろうかという、ここ数日だったりし。
こちら様も、そんな涼しさをお部屋に取り込んでのこと、
窓を大きく開いての心地よく、
涼しげな空間を保っておいでなリビングにて。

 「…お?」

いつもいつもきれいに整頓されており、
余計なものを置かず、出しっ放しも滅多にしていないお宅だのに。
だからこそ“おや?”と意外に思うほど、
今日は珍しくも、
リビングのローテーブルの上、
雑誌が伏せられての置きっぱになっており。
普通のお宅だったなら、
こんなのありふれた情景だからと目についても気にならぬものが、

 「…これ、シチさんが読まれてるんですか?」
 「え? あ・すみませんね、散らかしていて。」

ソファーに座りがてら、ひょいと手に取り訊いた平八へ、
シンプルスリムな六角グラスにアイスティーを作って運んで来た、
当家の良妻が恐縮したよな声を出す。
朝一番の売り出し、近郊農家の新鮮野菜の特売とあって、
腕まくりして出掛けての帰り。
ホウレン草に小松菜に、キュウリになすびにトマトにキャベツ。
ここんところ微妙に高値だったのを、
お安くまとめ買い出来たとのホクホク顔で帰宅した二人であり。

 「伝奇ものなんて、何か意外だなぁ。」

幻想小説やSFで有名な専門誌だったので、
わたしも学生時代にはよく読みましたがと笑って付け足せば、

 「いえね、久蔵殿の愛読書なんですが。」

すらりと長い御々脚を行儀よく畳んで座り込み、
どうぞとガムシロップと共にグラスを差し出す、
金髪美形のお隣りさんは、

  時代劇ってんでしょうかね。
  妖怪っぽいのも、それを退治する顛末も出ては来ますが、
  それ以上に風物の書きようが絶妙な作家さんが書いてらっしゃるんで、

 「それを目当てに、時々借りて読んでるんですよ。」
 「へぇえ?」

時代劇というと、あ、これですね。
ページを探すまでもなく、
その人の作品のところで開いて伏せてあったらしく。

  ええ、島谷勘平さん。
  何か、勘兵衛さんと名前が似てません?
  あれれ? そういえば?

今まで気づかずにいたなんて、
他の人なら“白々しいなぁ”とそれも笑いのネタになるところだが、

 “シチさんなら、案外と…。”

家事一般にかけては卒のないしっかり者だが、妙なところが天然なので。
それが長年のファンだという作家であれ、
気づかぬままだったということも、
このお人には十分有り得るからとんでもなくて。
(苦笑)

  容姿端麗で所作ごとも美麗秀麗、
  物言いも小粋で、非の打ちどころのない謡いの青年が、
  されどそんな風貌や人好きされる振る舞いのせいか、
  行く先々で騒動を起こしたり巻き込まれたりする。
  若しくは、
  元は名のある武家だったことを匂わす壮年の浪人。
  実直そうな、骨太で武骨な風体なさっておいでだが、
  霊感が強いかそれとも何かしら背負っておいでか、
  力のある大妖にばかり魅入られちゃあ、
  それとの対峙になだれ込む下りのその描写が。
  風水だの陰陽五行だのという流行の妖術はあまり繰り出さずの、
  剣撃描写ばかりだってのに。
  そりゃあスリリングで、鋭にして豪な迫力が受けており。
  どうかすると幻想とかSFとは畑違いな作品でありながら、
  今では一番の古株、この雑誌の大黒柱的な顔となっているほどなのだとか。


謡いの青年の玲瓏透徹な風情とか、
けれど実は格闘も巧手で、
頼もしいほどの身ごなしを披露するところとか。
日頃はちょっぴり垢抜けないとされている浪人侍の、
ちらと匂わす情の深さや優しさだとか。
それが一転、どんな大妖に向かい合っても怯まぬ気概の雄々しさや、
巧みで鋭い太刀さばきとか。
難解ではなく、さりとて くどくもなくの即妙な描写にて、
心地よい文体で様々な体感をさせてくれるのが。
飲んだ後のいつまでも、
ほうと酔わせたまんまでいさせてくれる、
出来のいいワインか何かみたいで、と。

 「不思議ですよね。
  そうそうそうなの、そう言いたかったの、
  そう感じたことがわたしにもあるの。
  何で見ず知らずのあなたが知っているの…と思うような描写を、
  ここんところがきゅうんと締めつけられるほど絶妙に、
  言葉で書き表せてしまわれるんですものねぇ。」

お顔は微笑っているものの、
延ばして揃えた指先での、胸元の押さえようが微妙に切ない。
本当に本当に感じ入っておいでなのだなと、
平八にも思わせる。
ああでも、そんな切なそうなお顔、
私なんぞが一人で拝んでてもいいのかな?
誰かさんとか、誰かさんとかに、
あとあと恨まれたりはしないかな?
(くすすvv)
エンジニアさんがこっそりと、そんなこんなを思っておれば、

 「そういや、さっき本屋さんに寄ってなかったですか? ヘイさん。」

荷物が多くなるだろからと、車を出した七郎次であり、
それを駐車場から回して来たのが書店前。
そこで待ってると言ってた平八が、店の中から出て来たのを思い出したのだが、

 「それがですね。」

くすすと微笑った彼がトートバッグから取り出したのは、
結構大判の紙袋であり、

 「ゴロさんがね、どこかで広告を見たらしく、
  買っといてくれないかって言い置いてってましてね。」

大判のグラフ誌風のムック誌であるらしく、
表紙のみならず裏表紙の広告まで、
そりゃあ愛らしい仔猫の写真で埋め尽くされてる代物だったものだから。

 「……ゴロさんが?」
 「可愛いでしょう?」

雑誌が、とも、
こちらの家長に負けず劣らず、男臭くて精悍に雄々しい壮年殿だってのに、
こういうのを読みたかったらしいゴロさんが、とも、
どっちにも解釈出来よう言い方をする平八であり。

  わ、この仔、可愛いですねぇ。
  ペルシャは子供のころから丸々してるんですねぇ。
  あああ、こんなところへ潜り込んでますよvv
  おお、こっちはなかなかの悩殺ポーズじゃありませんか♪

何も若い女の子ばかりが夢中になるってもんじゃあない。
ぽあぽあの毛並みをした、
寸の詰まった肢体の仔猫らの艶姿の数々へ。
結構いい年をした青年二人、
大きく開いた誌面を左右から覗き込み合って、
可愛い愛らしいと、微妙に高いめのお声で誉めそやしておいで。


  あ、この仔、なんだか久蔵さんに似てませんか?
  え〜? そうですか?


キャラメル色の毛並みが
トラじまというのとも微妙に違うグラディエーションになっている、
小さな小さなメインクーンの仔猫。

 「メインクーン?」
 「ええ。確かアメリカの猫ですよ。」

七郎次にはどこかでの見覚えでもあるものか、
大人になると結構大柄になる、長毛種の猫ですよとまで付け足した。
その芽生えみたいなものだろか、
顎の下、胸元あたりに、真っ白い胸の毛がぽあぽあと立っているのが、
お洒落なアスコットタイみたいで愛らしく。
大人の手でなら片手で隠し切れそうなほども小さなその仔猫は、
飼い主のそれなのか、
画面へ割り込む大きな手へと掴まり立ちをしてみたり、
小さなお口を開けて、
幼いゴマ粒のような歯で がじがじと甘咬みをしてみたり。
赤みの強い金の眸が、くるくると潤みを帯びての愛らしく。
四肢を踏ん張っての小さなネズミのおもちゃと向かい合う様がまた、
一丁前な凛々しさを見せててそれもまた可愛くて。

 「よほどに可愛がられているのでしょうね。
  ほら毛並みの白いところがどこも真っ白ですよ。」
 「ホントですね。」

口元とか手足の先とか、
歩いたり食べたりするのが重なって、
少しくらいは くすんで来てそうなものでしょに。
おろしたてのムートン並みの“新品”の白さが目映いくらい。

 「どんなお人が飼ってるんでしょうね。」

きっとこの猫に入れあげてる、優雅な有閑夫人とかじゃないんでしょうか。
それとも、俳優さんとか女優さんかもしれませんね。
ああそういえば、
こっちの写真でおもちゃで遊んであげてる手は白くて綺麗ですから、
きっとそうかも知れませんねと。
微笑ましげに想像の翼を広げたこちらのお二人さんではあったれど。





     ◇◇◇



お散歩、お昼寝、おやつにご飯。
木登りに てっしゅとのやっとぉも しゅきvv(ティッシュです、お猫様)
隠れんぼも好き好き、おしゃかなの風船も好き好きvv
あ、こっちの ねじゅみのおにんぎょはね、
キュウ兄がこないだ、久蔵の分て持って来てくれたの、宝物なのvv
てっしゅは触るとシチに怒られるのだけど、
爪の先っちょ震わして、ざあって、ざざぁって音がして、
白いのが“どぉだ”って何回でも出て来るのが おもしいのだもの。
もう出て来ませんてトコまで、えいって ていってしちゃうの、
これはもお“本能”だからね、しようがないのよ?
(こらこら)
羽根のついてる猫じゃらしはね、
寝る前にシュマダが遊んでくれるおもちゃなのvv
真剣しょぶなのよ? しゅごいんだから。
なかなか捕まえらえないと
“今宵は左手だけで相対してやろうぞ”なんて、
偉そーに構えるシュマダなのが キーッとかなるけど。
ねむねむになったら抱っこしてくれて、
ネンネのお床まで運んでくりるのよ?
どぉお? やさしーでしょ…?




 「…寝ましたか?」
 「ああ。ぐっすりとな。」

まだまだ宵の口ではあるが、
一番幼い家人には、一日はしゃいだ疲れが出る頃合い。

 「無理に はしゃがせたりはしませなんだか?」
 「言うてくれおる。」

くつくつ低く微笑うのが、何とも男臭くて精悍な。
誰もが惚れ惚れとするだろう男ぶりの、
御主の持ち重りのする大きな手の中、
くるりと丸くなっている存在へ。
それをそおと覗き込む七郎次の白い頬もまた、
ついのこととて柔らかくほころぶ。
お手玉くらいに小さな小さな、キャラメル色した可憐な仔猫。
よいちょと立っちして、でも、バランスを崩してしまい、
おととと後ろへ倒れ込む様もまた、
慣れぬこととて ストンとは行かずの覚束なくて。
にゃおう・みゃおみゃお、甘いお声で誘いをかける、
小さな王子を相手にし、
年甲斐もなく、自分も一緒になって遊んでいる作家先生なのだと知っているのは、
家人の敏腕秘書殿と、先生担当のS社編集部のお兄さんだけであり。

 “だって、久蔵は特別ですものねぇvv”

ころんとたやすく転げてまろぶ、仔猫の姿として眺めても可愛いが、
こちらの家人二人に限っては、
よちよち歩きの坊やが、いろんなお顔で遊ぶ姿にしか見えぬ。
潤みの中へとひたした紅宝珠のようなつぶらな瞳、
どんな名匠の細工かと思うほど、
ちんまりしているのに愛らしい小鼻に ふかふかと柔らかな頬。
何にか熱中しているおりは、薄く開いて愛らしい、
緋色の口許の濡れようの蠱惑とか。
まだまだちょっぴり不自由なお指の小ささ。
なのにそれを よいよいと延ばして来、
抱き上げたこちらの頬やらお胸やら、
ちょんちょんぽんぽんと やあらかく叩くのは、
どんな合図か“よしよしvv”なのか。
小首をかくりと傾げるのへと、つられてこちらも真似っこすれば、

  みぃあんvv

たわめられた双眸、
笑みをたんとほお張った口許は弓なりに、
嬉しいの楽しいのと、軽やかなお声で鳴いてくれる、
うずうずするよな愛らしさよ。


 「〜〜〜〜〜〜〜。/////////」
 「これ、そのように無理から息を詰めていると、
  気配で起きてしまうではないか。」


  どうか どちら様もお静かに、おやすみなさいませ……。








  ■ おまけ ■


  「ところで、ヘイさんトコ、猫を飼うんですか?」
  「さぁて。」

ムック誌こそ堪能してはいたけれど、
実際の話としては、どうなんでしょねぇと、
曖昧なお声を出す平八で。

  「ただ、時々ゴロさんが、
   いつも留守番させてて悪いなとか寂しくないかとか聞きますが。」

今日も今日とて、新車納入にとお出掛けしている大家さん。
とはいえ、それは平八の腕がよくての余波のようなもの。
それでの不在だという理屈は、平八とて重々承知だというのにね。
けろりとしている平八だったが、

  「ああ。ゴロさん、お優しいですものねぇ。」

七郎次が情感込めて口にすると、
人から言われるのはまた、重さや趣きが変わるものか。
とんと何かが胸を突いたような気がしてのこと。

  「そんなぁ。///////」

彼には珍しい、含羞みの様子が伺えて。

  「あ・そっか。」

それで、品定めでもするつもりで買っておいてくれと言ったのかなぁ?
あらら、そうかもしれませんねと、
お隣に可愛い家人が増えるのかしらと思ったか、
早くもお顔が微妙にほころびかかった七郎次だったが、

 「でもねぇ。わたしにはシチさんがいますから。
  特に寂しいと思ったことなんてないんですけれど。」
 「…アタシゃ、ヘイさんのペットですかい。」

そんなそんなとんでもない、と。
大慌てでかぶりを振った平八であり。
お顔こそ微笑っているまんまながら、

 「冗談でもそんなことを言ったりしたらば、」

どんなことになるか…と、言い終わらぬうちにも、

  どごぉっ、と

宙を翔って飛んで来た学生カバンが、
ソファーの背もたれへ めり込んでおり。

 「ほら、ね。」
 「これ、久蔵殿。」

戸口に立ちはだかっての怒り肩、
いきり立ってますと…判るお人には判るよな、
微妙なオーラをまとわした次男坊が、
今日はさすがに早じまいだったらしい学校から、
いつもの超特急で帰って来たところであるらしく。
こんな無体なことをしてと小言を言うべく、
立って行った七郎次かと思いきや、

 「ただいまはどうしました、まずはのご挨拶でしょうよ。」
 「〜〜〜。」

…そこから入りますか、シチさんたら。
(苦笑)
こちら様もまた、
至って平和で安穏とした秋の始まり、
堪能しておいでのご様子でございます。

 「頑丈なカバンですねぇ。」
 「それより、ヘイさん、どっか当たりませんでしたか?」






  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.09.01.


  *例のムック誌にやはり久蔵ちゃんが載ったらしいです。
   親ばかさんたち大喜びでしょうか?
(苦笑)

   それはさておき、いよいよの 09年9の月ですね。
   9並びの日はあちこちのサイト様を回るんだいvv
   (自分トコは?)

 めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

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